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年 代
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関連事項
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| 安政 5年10月
| 福沢 諭吉、江戸築地鉄砲州の中津藩中津屋敷の長屋の一戸に蘭学の家塾を開く。
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| 明治16年11月
| 義塾邸内私家寄宿舎(酒井寄宿舎)発足。
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| 明治33年 9月
| 寄宿舎竣工。三田山上の北部、旧寄宿舎、旧教師邸跡に木造2階建3棟、総延坪1,400坪。木舎を6区にわかち、清交寮・友愛寮・自重寮・進取寮・確守寮と「修身要領」よりとって名称を付す。
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| 明治34年
| 寄宿舎生の秩季長距離走実施、府下荏原郡六郷の渡しより三田山上まで、参加者140名。
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| 明治36年 9月 3日
| 寄宿舎第1回記念祭挙行(以後、毎年秋分の日に催す)。
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| 明治36年 9月
| 寄宿舎内に直営の消費組合、株式組織として設立(翌年、株式組織を舎生全員の経営に改め、役員は舎生より選出)。
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| 明治37年 2月29日
| 寄宿舎中庭の進取園にて、横図な常陸山を招き土俵開きを行う。
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| 明治38年
| 消費組合販売所を新築。
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| 明治43年
| 消費組合販売所を寄宿舎東南隅に新築。
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| 大正 2年10月
| 消費組合より寄宿舎蒸気暖房装置改装のため3,000円(6年賦)寄付。
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| 大正 4年 8月23日
| 寄宿舎建設用敷地として府下豊多摩郡渋谷町大字下渋谷字広尾耕地、3,240坪舎を東京市より買入れ(10月15日、登記完了、6年2月、同耕地170坪を買い足し、総坪数4,410坪)。
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| 大正 6年 9月
| 広尾寄宿舎竣工。総延坪1,606坪、寮舎は6棟よりなり北3寮を大人寮、南3寮を中幼年寮とす。中央寮に消費組合販売部を新設。構内入口には写生の娯楽に供するため2階建の倶楽部を新設(10日より舎生を収容。10月11日、新設祝賀茶話会。6年4月着工。昭和11年に取り壊され、跡に幼稚舎校舎建設。なお、三田山上の旧寄宿舎は8月に取り払い、跡に医学科予科特別教室を建設。また、三田山上の旧寄宿舎の取り払いにより、その一部にあった体育会本部はヴィッカース・オールに移る)。
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| 昭和 9年 5月22日
| 広尾寄宿舎敷地のうち、124坪余を道路改修工事のため東京市へ譲渡承認。
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| 昭和11年 1月21日
| 日吉寄宿舎隣接地844坪購入へ決定。
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| 昭和11年 3月 6日
| 広尾寄宿舎出火し、第4寮および第5寮焼失(10年4月23日、すでに取りこわしを決定し、同年11月30日、寮生による解散式が行われていた)。
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| 昭和12年 8月
| 日吉寄宿舎竣工。日吉台南端に鉄筋コンクリート造り3階建3棟、ほかに炊事場、浴室、娯楽室を含む別棟一棟。各寮舎はおのおの40の舎生室および食堂、配膳室、談話室を有す。舎生室は約6畳の洋間1室1人とし、寝台、机、椅子、本箱、洋服箪笥、洗面台、寝具1式を備う(9月10日に開舎し、写生収容。11年9月着工)。
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| 昭和17年11月24日
| 日吉町に寄宿舎用地71坪および建物延92坪余購入可決。
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| 昭和19年 3月10日
| 日吉は海軍軍令部、連合艦隊本部その他に貸与。
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| 昭和20年 9月 8日
| アメリカ軍により日吉構内の施設接収される(24年10月復帰)。
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| 昭和20年10月
| 寄宿舎として、杉並区の西荻窪アパート「清規寮」借用。木造2階建延約244坪。医学部学生50余名を収容し、自治寮とす(昭和25年3月返還)。
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| 昭和20年12月
| 塾生寮として目黒区下目黒に木造2階建1棟、約100坪借用(1年にて返還)。
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| 昭和21年 6月
| 府中寄宿舎設置。北多摩郡府中町木苅道の府中製作所内に木造2階建50坪。
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| 昭和21年7月
| 大倉山寄宿舎借用。横浜市港北区太尾町所在の木造2階建1棟、111坪余。約30名収容(24年5月返還)。
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| 昭和22年 2月28日
| 登戸寄宿舎1棟100余坪焼失。
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| 昭和24年 5月
| 大倉山寄宿舎返還(21年7月借用)。
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| 昭和24年10月 1日
| 日吉返還式、第2校舎正面ポーチにて挙行。
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| 昭和24年12月
| 医学部武蔵野分校寄宿舎返還。土地18,700舎、建物木造モルタル塗かわら葺2階建ほか延1,572坪、同じく1棟、延770坪。
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| 昭和25年 3月
| 西荻窪の「清規寮」返還し、同町内のアパート買収、同じく「清規寮」と称す。木造2階建モルタル塗り仕上げ、32室、延約235坪。おもに医学部学生、3,40名収容(37年10月廃止)。
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| 昭和26年 1月
| 三田豊岡町に有真寮設置。木造2階建54坪。「福沢先生研究会」の寄付。
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| 昭和26年 4月
| 日吉寄宿舎の旧北寮を研究室に改造(4月末移転、35年9月、書庫11坪余増築)。
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| 昭和26年 2月 5日
| アメリカ軍旧兵舎改修の日吉寄宿舎3棟30坪全焼。
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| 昭和26年 5月
| 都下小金井町に寄宿舎1棟(小金井寄宿舎)購入。木造2階建。延約125坪。敷地350坪。おもに工学部学生収容(36年8月、3坪増築)。
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| 昭和26年 9月
| 日吉寄宿舎浴棟所在の借用地21坪買収。
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| 昭和27年10月 6日
| 日吉の寄宿舎、アメリカ軍旧兵舎を改修した木造のものより旧中寮へ移転(木造寄宿舎はこれを撤去し、跡に鉄筋校舎建設)。
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| 昭和29年 3月
| 日吉寄宿舎南寮、日米交換留学生収容のため改修。
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| 昭和32年10月
| 返還保留中の日吉寄宿舎わきのアメリカ軍貸与土地やく2,000坪返還される。
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| 昭和55年 3月
| 小金井寄宿舎廃止(昭和26年5月設置)。
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